小さなスカラシップ「20°の坂#1」の募集開始の9月から11月の「プラクティス・ピース」までを記録写真を交えてご紹介します。
キュレーターの岩渕貞太さんと、テクニカルアドバイザーからのコメントもございますので、お楽しみいただければ幸いです。
■岩渕貞太さん(「20°の坂#1」キュレーター)より
20°の坂は、10月の応募者のプレゼンテーションから始まりました。この時点では最終的に11月に作品発表をするということを前提にしていました。プレゼンテーションを終えて、応募者の方々のプレゼンテーションは作る理由の希薄なものや自己治療的なものが多かったというのが率直な感想でした。「なぜつくるのか」、そして「なぜそれを人前で踊るのか」、そんな疑問が湧いてきました。そんな中で採択した3名の方たちはそれぞれのキャリアや悩みどころは違えど、パフォーマンスの強さ、問題点が見えていること、伸び代への期待などから選出しました。急な坂スタジオの加藤さん、持田さんと話し合った結果、採択した3名の方には11月の発表の機会までに作品をつくることではなく、「自分にとってダンスとは何か」であったり「自分が作品をつくるモチベーションの根本」を探り、作品になっていなくてもそれ自体を身体と言葉を使って公開でプレゼンテーションしてもらうことにしました。
今回、キュレーターとして3回のディスカッションと公開ディスカッション「プラクティス・ピース」に関わりました。その中で一番重要だと思ったことは「人前で失敗する機会がたくさんあること」でした。半端にダンスらしさを探るよりも、「これが自分の考える表現なんだ」と断言して失敗する方がはるかに実りがある。失敗にも良し悪しがあり、明確な失敗には議論など良質なコミュニケーションを生む力があります。作る力が削がれるような方向に行くようなネガティブな場ではなく、議論をすることが先へ進む熱やエネルギーを生むような場を作ること、それが作家を育てる良い土壌になるのだと思いました。それは作家だけでなくその周りの人たちとともに作り上げるものだという強い実感を持ちました。作品を作るモチベーションは個人個人違って良いけれど、肚の底から出てきた言葉や動きがなければ説得力のあるものにならない。自分の欲望を見つけ出すこと、どのように世界を見ているかを深めていくこと、それを言葉にすること、そして更新し続けること。そのキッカケがつかめれば、たとえ一つ一つの作品を生むのが苦しくてもつくり続けていく大きな力になるでしょう。そして見る側にとってもこの作家を見続けたいと思うモチベーションの一つになるでしょう。
今回の「プラクティス・ピース」でそれぞれが見つけたものはまだ種や芽のようなものです。でもとても期待感のある種や芽です。「20°の坂 #1」での対象者3名の模索はこれからも続きますし、そんなことを言っているわたしの戦いもまだまだ続きます。ともに強い表現を作っていく仲間・ライバルが増えていくことを願います。引き続きみなさまにもこの場を作る一員として並走していただけたら幸いです!
■応募開始から発表会まで
2016年9月10日(土)
小さなスカラシップ「20°の坂#1」募集開始。
2016年10月25日(火)
対象者発表。10月15・16日のプレゼンテーションを経て、京極朋彦さん・久保佳絵さん・長屋耕太さんが選ばれる。
2016年11月〜
それぞれが交代でひとつのスタジオに籠る。
けいこ場日誌をつけてもらう。
稽古場日誌
【稽古場日誌ルール】
①3人で1冊の日誌に記入してください。
②日時と名前は必ず入れてください。
③その日に何をやったかや、気づいたこと、作品メモ、他の2人や岩渕さんはじめ他の人に聞いてみたいことなど、自由に書いて退室してください。
④どんなに短くても、絵でも、なんでも良いので書いて帰ってください。
京極さんのある日の日誌
2016年11月10日(木)
岩渕さんの稽古場に対象者の3人がお邪魔する。
普段、岩渕さんがやっている稽古や、今、作品作りのためにやっていることを3人も一緒にやってみる。
2016年11月12日(土)
最初のディスカッション。岩渕さん、テクニカルアドバイザー、急な坂スタッフの前で、今出来ること・面白いと思っていることをプレゼンする。
テクニカルアドバイザーの3人には、今回作品を彩るスタッフとしてではなく、作品や創作の一番近いところにいる他者として、ダンスに関わる先輩として、忌憚ない意見をもらう。
久保さんのある日の日誌
長屋さんのある日の日誌
2016年11月22日(火)
2回目のディスカッションを行う。
2016年11月24日(木)
発表会前の最後のディスカッション。
2016年11月25日(金)・26日(土)
習作の発表会「プラクティス・ピース」当日。
これまで行って来たディスカッションと同じ形式で、作品発表(15分)→ディスカッション(15分)をお客様を交えて行う。
「プラクティス・ピース」作品発表写真/左より、久保さん・京極さん・長屋さん
■原口佳子さん(テクニカルアドバイザー・舞台監督)より
作品をつくることではなく、それ以前のところをとことん問う場にすると決めたことで、20°の坂はとても貴重な重要な場になったと思います。つくろうとする3人への問い-なぜ作品をつくるのか。それは本当にやりたいことなのか。それは何なのか、など。-は、同時に見る側への問いになっていた気がします。何が見たいのか、何がダンスだと思うのか。
稽古場は、作品をつくるだけにとどまらず、なんだかよくわからない時間もよくあると思います。そうした時間が結果、ダンスや作品を支えているのではないかと思ったりします。わけのわからない時間から、自分は何が好きなのか、自分の欲望のありかのようなものが見えてくれば、それをたよりにまずは進んでいけます。
20°の坂は、そういう稽古場と、ディスカッションという、他人と会話する場をいったりきたりできたのが、よかったと思っています。これは、急な坂の加藤さん、持田さんの決断と行動の賜物です。
今回の3人、京極君、久保さん、長屋君は、短期間の中で驚くほど変わっていきました。そのことに立ち会えたことは、ダンスを改めて考えるきっかけとなりました。また3人に向かって言った言葉は、鏡のように私への問いになっているのだと思っています。
「プラクティス・ピース」ディスカッション写真/左より、久保さん・京極さん・長屋さん
■牛川紀政さん(テクニカルアドバイザー・音響)より
オレはこれが「かっこいい」動きだと思うからこう動く。
というのが(意識するしないに関わらず)あるとします。
「かっこいい」を「美しい」とか、「なめらか」とか、また「こういう風に覚えたから」とか、
に言葉を入れ替えてもいいです。
そしてそれらは「面白い?」とか、「よく分からないけど凄い?」とか、
と密接に関係してきます。
……、「よく分からないけど凄い?」の、よく分からない、とは?
まぁいいや。
「かっこ悪い」とか、「脱物語で」とか、「1秒を1時間として」とか、
で例えば動いてみて何か獲得できるものはないのか?とか。
それをグルーヴィと言い換えてもいいかもしれませんが、それで一件落着というのも…むにゃむにゃ…
ここがロードス島だ、ここで飛べ!
閑話休題
作品を毎回おなじような新鮮さで観客に魅せられるか?問題もあります。
一回性の再現性の問題。
「一座建立」と「一期一会」(茶や能で言われています)
などなどこうして文章を書いておりますが、それは取りも直さずわたしが言葉とダンスは表裏一体の関係だと痛感しているからに違いありません。それはここ数年ダンスにおいて考えていたことでした。表裏の一方である言葉の重要性を中心に据えた企画がこの「20°の坂」だったのではないか?ないか?というのはなんかよく分からない企画だな(よくわからない?)…から、膝打って納得した、まで。また、その企画に呼んでもらったことは、モヤモヤしていたものが言葉によって多少は整理されていく過程が、今のわたしにとっても大変必要なことでした。
「20°の坂」では、対象者/キュレーター/スタッフで何回かのディスカッションを交え創作過程を共にし、お客さんを呼んだ発表でも(音も照明もありません。音楽1曲だけ簡易装置で)、お客さんとのディスカッションは続けられました。ダンス『らしき』ものを観たあとに、言葉の森に皆で探検しにいくような感じです。
このあと果たして対象者たちの作品の完成と発表はあるのか?は分かりませんが、この探検はわたしだけのみならず、現在のダンスを取り囲む様々な関係において、とても必要なことだと感じています。
「プラクティス・ピース」作品発表写真/左より、久保さん・京極さん・長屋さん
■吉本有輝子さん(テクニカルアドバイザー・照明)
上演の手前よりさらに手前、創作の立ち上がる現場に立ち会い、感想を話し合ったり疑問をぶつけたりする。 作る人、観る人、それぞれにとって、ダンスとは何か、何をダンスと感じるのか。常にその根本に対する思考を巡らしながら、発表とフィードバックが展開していったように思います。
私は、2回のリハーサルとディスカッションに立ち会いました。一番印象に残っているのは、久保さんのダンスの変化です。1回目、ある枠組みでテーマに向かっていたダンスは説明的で瞬間瞬間においては退屈に感じました。2回目のリハーサルで見たものは、塊が形を変えながら今まさに生成しているような時間でした。その時のひとつひとつの動きから生まれてくるものを瞬間瞬間に感じながら、久保さんのダンス、が生まれていくような感覚を味わいました。
それが何か、ということは言葉で正確に表すことは難しい。けれど、作る方も観る方もそれを言葉にしようとすることによって、お互いの眼差しの精度を上げていく。そして、またお互いに何かを発見していく。
このような試みがどこに繋がるのか、具体的な成果はまだわかりませんが、この場所にいた全員が確かに豊かな時間を過ごしたと思います。この豊かさが、ダンスを巡る豊かさに、あるいは上演における豊かさにどのように繋がっていけるのか。
継続して、目的地や方法を発見していく次の機会にまた参加して考えていきたいです。
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今回、「プラクティス・ピース」を終え、「20°の坂#1」は一区切りとなりますが、生まれて来た種や芽をどのように作品と呼ばれるものにしていくのか、一緒に考えられればと思っております。今後も進捗があれば、急な坂スタジオのHPで皆様にご報告できればと思いますので、引き続き温かく見守っていただければ幸いでございます。
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「プラクティス・ピース」写真:須藤崇規
【参考URL】
★小さなスカラシップ「20°の坂 #1」
★「20°の坂#1」対象者決定
★『プラクティス・ピース』