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坂あがりスカラシップ対象者・橋本清インタビュー

坂あがりスカラシップ対象者・橋本清インタビュー

橋本清×坂あがりスカラシップ事務局
取材・構成=藤原ちから 2013年1月29日収録

「坂あがりスカラシップ」は、2012年度から「3年間の継続支援」という新しいスタイルに。その最初の対象者に選ばれたのが、ブルーノプロデュースを主宰する演出家・橋本清。「記憶」をテーマにした《ドキュメンタリーシリーズ》で着実に力を付けてきたが、新作『My Favorite Phantom』(4/26-29@吉祥寺シアター)は、シェイクスピアの『ハムレット』を原作としている。
橋本清にとって、現在、「坂あがりスカラシップ」はどのような意義を持っているのか。また彼が選出されたポイントはどこだったのか。そして新作公演や今後について彼がどのように考えているのかなど、事務局メンバーと共に話を聞いた。

橋本清

1988年生まれ、ブラジル・リオデジャネイロ出身。日本大学芸術学部演劇学科卒業。在学中の2007年に、ブルーノプロデュースを設立。劇場に捉われず、教室、喫茶店、ギャラリー、暗室などの空間で作品を発表。2011年10月、STスポットで発表した『カシオ』で劇団化。以降、俳優たちの過去の記憶や体験をベースに演劇作品を構成する《ドキュメンタリーシリーズ》を始動。他者や空間に蓄積された記憶や情報を積極的に作品に取り込み、かつてあった事実(記憶)から、フィクションとしての風景を立ち上がらせるのが特徴的。2012年9月より「坂あがりスカラシップ」対象者に選出される。

IMG_1051カシオ2 撮影:青木司

目次

■あえて「とっちらかす」ような話を

加藤弓奈(急な坂スタジオディレクター) これまでの「坂あがりスカラシップ」は単年度支援が前提でしたけど、今回から3年間の継続支援に変わりました。橋本さんはその1年目にあたるので、まずは細かいミーティングを重ねながら、お互いに今何を考えているかを探っている感じです。
天野静香(のげシャーレ) 月1回のペースで会って話してますね。
橋本清(ブルーノプロデュース主宰) 12月は2回ミーティングしました。吉祥寺シアターでの『My Favorite Phantom』はスカラシップの対象公演ではないんですけど、そこに向けてのワークショップオーディションをこの急な坂スタジオでその時期にやらせていただいたので、そのフィードバックを聞いてもらいたくてこちらから一回増やしてもらいました。そうやって自分の考えていることをアウトプットして持ち帰ることができるのでありがたいですね。たぶんこのスカラシップに選ばれなかったらなかったであろうそうした時間を大事にしていきたい。
—— 劇団という形をとっていても、定期的に話せる環境があるとはかぎらないですもんね。
橋本 やっぱりどうしても「公演に向けて」っていうふうになっちゃうので。でもここではもっとそれ以前の根本的なことを話せるんです。
加藤 作品をちゃんと他者に伝えたい、届けたいっていう感情があるかどうかが、このスカラシップでは具体的な形で現れると思います。いきなりお客さんに届けられるわけがなくて、その一番最初の他者が、たぶんこの坂あがりスカラシップの事務局なんです。そこで時間を共有して話していくんですけど、あえて「とっちらかす」ことも実はすごく大事だなと思ってます。
—— ひとつの答えに向けて直線的に話すようなミーティングではないと。
加藤 ええ。ここで話すのは、作品の外側のことであったり、ごくごく個人的なことであったりします。作品の中身に関しては、絶対その作家自身が何かしらのものを持っているはずなんで、そこに関しての干渉は我々スタッフはしないですね。
—— 不思議な関係ですね。いわゆるドラマトゥルクとも、制作とも、プロデューサーとも異なるし。あんまり他に類を見ないのでは?
橋本 僕も初めてです。例えば(北九州の)枝光本町商店街アイアンシアターに一週間ほどの滞在制作に行く前にも、「滞在制作ってなんなんだろう?」という根本的な話とか、何を準備したらいいだろうとか。その時々で、いろんなアプローチで話を聞いてくれますね。
佐藤泰紀(急な坂スタジオ) 「枝光はどうだった?」「じゃあ次は吉祥寺だね、いってらっしゃい」みたいな(笑)。劇場とか稽古場ってある側面から見たらそういう出入りの繰り返しですよね。劇団の制作さんとは立場が全然違うんだと思います。
加藤 ここはプロデューサー集団ではないんです。我々は場所(劇場・稽古場)を持ったうえで、作品をつくっている人たちとどう寄り添うかを考えています。今回からは3年間あるので、今までよりもたぶんゆったりした気持ちで始まっているんじゃないかな。
—— いわゆる制作業務をサポートするのとは異なるんですかね?
天野 実は当初はその目的でした。でも今はそれぞれになってますね。
加藤 (これまでの5年間の支援対象作家と)お話しするうちに、あ、どうも違うなっていうのがわかってきて。
佐藤泰 もちろん公演が間近になると制作業務のサポートもします。でもそれだけではなくて、公演に関係あるなしに関わらない関連企画をお互いに提案や相談したり、アーティストの状況やニーズに合わせたサポートもやっていくんです。

■自分の知らない他者への関心

—— ブルーノプロデュースでワークショップオーディションを開催したのは今回が初めてだと聞きました。
橋本 はい。今までやってきた自分の創作活動を今後どう考えていけばいいのか、その入り口に立てたという感触が得られた貴重な体験でした。だいたい8割くらいの人が僕らのことを知らない状態でやってきたのがすごく気持ち良くて。
—— あ、「お互いに知らない」という状態をネガティブに捉えるのではなくて、むしろ楽しめたんですね。
橋本 ほぼ全員、これまでのブルーノプロデュースを知らない人たちです。いつも20代前半から半ばの人たちと作るんですが、今回は10代から50代までいます。
—— それはなかなか……。
橋本 なかなかですね(笑)。
—— ワークショップはこれまでもやってきた?
橋本 去年の10月末に枝光のアイアンシアターで開催したのが初めてだったんですけど、まずそこで洗礼を受けたというか。大人向けとは別に、小中学生を対象にしたワークショップを現地で開催したんですけど、まず参加者を集めるところから始めることになって。
—— ?
橋本 いや、最初、劇場に朝9時に行ったら女の子1人しかいなかったんで、どうしようこれじゃワークショップできない、って思って、その子と一緒に公園に友達探しに行ったり、お弁当買ってる小学生3人組をスカウトしたり。そこからどんどん膨らんで(笑)。
—— ハーメルンの笛吹き男みたいですね。町の子供たちをみんなさらってくみたいな(笑)。
橋本 そもそもアイアンシアターが、子供たちの遊び場と、大人たちが発表する場とが溶け合った空間だったからこそ可能だったスタイルですね。結果的に20人以上の子供たちが参加してくれました。
—— 今のお話もそうですけど、ある時期から橋本さんは、自分の内側にあるものを表現するというより、外側で起きていることへの関心を強めていったように感じています。「記憶」がテーマだった《ドキュメンタリーシリーズ》でも、橋本さん自身のノスタルジーではなくて、あくまで他者の記憶を扱っていましたよね。
橋本 もともと《ドキュメンタリーシリーズ》を始めたきっかけとして、僕が知りえない他人の実感をもっと積極的に知りたかったということもあったから。他人と出会うのは面白いなあと思います。

■「書く」ことをやめて、演出家としてどう立つか

—— 少し、ブルーノプロデュースの履歴を振り返りたいと思うのですが、そもそも旗揚げの頃は、自分で戯曲も書いていましたよね。それが現在のように構成・演出に専念するスタイルに変化していったのはなぜですか?
橋本 昔は「演出をしたい」ってことと「物語を書きたい」ってこととのバランスが悪くて。考えてみると、自分はただ演劇をやりたい。それならばと減らして、絞り出して、制限して、突き詰めて、結果として「書くこと」は諦めたんです。
—— それはかなりの思い切りですよね。
橋本 そうですねー。相当、書く願望がありましたからね。
—— しかも橋本さんは出自が特殊でもあるし、そうしたことを書きたいと願うのがむしろ自然にも思えますけど。
橋本 ブラジルのリオデジャネイロで生まれて、3歳の頃に日本に移住して、そこから大学に進学するまではずっと愛知県で過ごしました。
—— ブラジルでの記憶はあるんですか?
橋本 まったくないですね。小学校の5年生の頃にブラジルに1、2週間戻ったことがあるくらいで。それはもう旅行感覚です。
—— そういう特殊な環境で生まれてなお、書くことを諦めたと。
橋本 いわゆる戯曲という形で書いた最後の作品が『めぐり』(2009年10月)で、そこで自分の出自にまつわるモヤモヤをダイレクトに作品にしたんです。それでもう自分のことはいいやという気持ちになっちゃって。だったらもう書くことはやめてもいいなと。そのあと、初めて稽古場で俳優たちの過去の色々な話を聴いてみたら、これが面白くて。そしたら他人のことをもっと知りたくなった。そして、自分の書いていた物語に、その俳優たちの体験談を挿入する形で生まれたのが『カシオ』の初演(2009年12月)だったんです。

カシオ1 撮影:青木司

『カシオ』 撮影:青木司

—— なるほど、そこにひとつ転換点があったんですね。もしかしたらまたいつか戯曲を書くのかもしれないし、今も事実上は「構成」という体裁をとりながら戯曲を書いているとも言えるのかもしれませんけども、とにかくこの数年、演出家としての様々な試行錯誤があったのだと思います。特に印象深いのは、北村薫さんの同名小説を原作にした『ひとがた流し』(2011年4月)で、これは上演時間がすごく長かったですよね。
橋本 4時間ぐらいですね。休憩入れて2部構成で。あれは昔だからこそできた無茶みたいな……(笑)。北村薫は中学生の頃から好きな作家だったんです。
—— 北村薫さんは1949年生まれで世代も異なる作家だし、『ひとがた流し』もかなり大人のドラマだという印象を受けます。だから意外というか、ずいぶん離れたところにいくんだなと思いました。

ひとがた流し写真 撮影:山口智恵子
『ひとがた流し』 撮影:山口智恵子

橋本 40代の3人の女性の友情小説ですね。やっぱり、自分自身の身近な実感からは離していきたいっていう気持ちはありました。でも、まだこの公演では、ただファンとして作品を立体化した、という感覚のほうが強く残ってしまって。演出家としてのスタート地点にまだ立ててなくてウヨウヨしていたという反省はあります。
—— ウヨウヨ……(笑)。完璧な公演ではなかったと思いますけど、未知のものへのチャレンジ精神と、橋本さん独特のピュアネスとを感じて、次も観てみたいなとすごく思った作品でした。
橋本 「wonderland」のクロスレビュー挑戦編の対象作品に選ばれたこともあり、あの公演はいろんな人に(批評の)言葉にしてもらえて嬉しかったです。 —— その後、『カシオ』の再演(2011年10月)からいわゆる《ドキュメンタリーシリーズ》が始まります。これはブルーノプロデュースにとっては大きな飛躍を呼び込むことになる、タフなシリーズだったと思います。かなりのハイペースで矢継ぎ早に公演が打たれてた、ってこともあるし、毎回異なるテーマが設定されていましたよね。単に美化されたものではなく、「病気」とか、ネガティブな記憶を扱っていたのも面白かった。
橋本 結果的にシリーズ第2回となった『ワールド・イズ・ネバーランド』(2011年12月)の初日の前夜に、当日パンフを書いてた時に、あ、これシリーズ化したら面白いんじゃないかなと思って、思い付きで名前をつけちゃってシリーズになったんですけど(笑)。もともと何か名付けたいという願望があるんですよね。「書くこと」への想いが残ってるのかも。 —— 勢いで「ドキュメンタリー・ポップ・ザウルス」(同作品のキャッチコピー)って言っちゃった、みたいな。
橋本 あれはMr.Childrenの「POPSAURUS」っていうツアータイトルからとりました。記憶を巨大化、恐竜化させたら楽しいんじゃないかって(笑)。

■スカラシップ選考のポイント

—— 今回の坂あがりスカラシップの選定は2012年の夏に行われたので、この《ドキュメンタリーシリーズ》が続けられている最中だったわけですけど、どこらへんが橋本さんを選ぶ決め手だったんですか?
佐藤泰 申請書って、当たり前かもしれないですけれどこちら側が訊きたいことが全て詰まっているんです。質問の順番とかも実は重要だったりして。それでも足りなければ面接もします。橋本さんはそういうことに対してちゃんと答えてくれたからだと思います。実際にどうかはわかりませんが、我々の投げかけた問いが橋本さんとブルーノプロデュースにとっても問題意識としてもともとあっただろうし、彼らはそこに自覚的に活動をしているように感じた、というのは大きいかな、と。
天野 自身が課題に思っていることも書いてもらうようにしているのですが、自分たちの課題をっていうよりも、「今の舞台芸術はこれこれこういう現状で……」みたいな状況について書く人たちが多いんですよ。でも我々は本人が創作活動をする上で何を課題に思っているのかが知りたいので。その中で橋本さんは自身の課題についても将来的にこうなっていきたいっていうビジョンについても明確に書いていた。坂あがりスカラシップで一緒にやっていくことで成長していける可能性をすごく感じました。
佐藤泰 自分をとりまく環境や、自分自身がどこにいるのかという距離感をきちんとつかむのはなかなか難しいかもしれません。我々も5年間やってきて、だんだんそこらへんがわかってきたというのはあります。まだまだ試行錯誤中ですけどね。
—— 選考では、映像で作品を観たりもしてる?
加藤 観たことのない作家であれば、タイミングが合えば誰かが公演を観に行きます。それがどうしても無理な場合は映像作品を観て、っていう形ですね。私は基本的には書類だけを見ます。書類に表れるものって大きいから。
天野 ブルーノプロデュースはちょうど『ラクト』(2012年8月)をやっていたので観に行きました。

SONY DSC
『ラクト』 撮影:三上奈都子

佐藤泰 僕は、スカラシップは「作品をもっとこうしなさい」という付き合い方をするものではないと思っているので、作品はできるだけ観ますけど、演出的にどうこうだとかは、あんまり選ぶ時には影響してないです。
天野 応募書類に書いていることと作品とがあまりにかけ離れていることもあるので、そこがズレてないかどうかは見るようにしています。

■横浜でやるということ

—— 坂あがりスカラシップはこれまで5年やってきて、岩渕貞太、神里雄大(岡崎藝術座)、藤田貴大(マームとジプシー)、白神ももこ(モモンガ・コンプレックス)、木ノ下裕一(木ノ下歌舞伎)と選ばれてきて、そして橋本清さんですよね。みなさんかなり自由というか……それぞれのスタンスで横浜と関わっているように感じます。 天野 基本フリーな住処なので、どうぞご自由に(笑)。
佐藤泰 人によっては、3年間横浜にいるってことはハードル高いかもしれないとも思うけど……。まぁ、そのときはそのときで。
—— 京都とか、いろんな場所でも公演をしてますよね。
加藤 NPOと市の財団と一緒にやっている事業なので、まずは1回、スカラシップ対象公演としてSTスポットとのげシャーレを活用して、そのうえで新しく視野をひろげてみようか、っていう感じで横浜にかぎらずいろんな場所を使ってやってきました。
天野 我々が提供できる劇場だとSTスポットとのげシャーレの2つしかないので、もうちょっとキャパの大きいところを使ったりだとか。ここであえて留めておく必要はないと思います。
—— ブルーノ的には横浜はどうなんですか?
橋本 東京デスロックの演出助手としても、急な坂スタジオやSTスポットに関わってきたりもしたので、その頃からの圧倒的なプラスイメージが強いですね。その時に見ていた創作環境が自分にとっては憧れだったし、ここに身を置いてみたらきっといい体験になるというイメージはあった。今もそれは変わらないです。

■『My Favorite Phantom』〜ドキュメンタリーからモニュメンタリーへ

—— さていよいよ吉祥寺シアターで新作『My Favorite Phantom』が上演されます。でもなぜ『ハムレット』を原作に? 橋本 現実的な理由としては、吉祥寺シアター側からシェイクスピアをやってほしいっていう依頼がありました。僕たちみたいな若い劇団でもシェイクスピアのブランドがあればできるだけ多くの人に観てもらえるんじゃないか、という狙いもあったんだと思います。でも『ハムレット』って父親の亡霊が出てきますよね。そういう「目に見えないもの」をどう扱うかという点は、これまで「記憶」にこだわってきたことにも繋がるかもしれないと思ってます。あとはきっちり古典に向き合いたいという気持ちですね。
—— ちなみに師匠筋にあたる東京デスロックの多田淳之介さんも、3月に『ハムレット』をやることになりましたよね。この師弟対決は偶然なんですか? 橋本 偶然っていうか、シェイクスピアやる時に、じゃあこれまでデスロックでやったことのないものを、と思って外したつもりが、蓋を開けたらかぶってた……。
—— てっきり、わざとぶつけにいったのかなと(笑)。
橋本 や、違います!(笑)。
—— しかしまた《ドキュメンタリーシリーズ》とはがらっと作風が変わりそうですね。
橋本 《ドキュメンタリーシリーズ》では、個人の記憶を他者の記憶と交換したり混ぜたりしてみたんですけど、結局、個人の記憶は他の人とはわかり合えないし、ブルーノプロデュースはバラバラな個人を描いてきたんじゃないかなと最近思うようになって。でも『ハムレット』は、大きな歴史とか社会とか王国とか、そういう集団の中での「私たち」の中に「私」がいる気がしていて。だからたぶんそういう架空の、本当は繋がっていない、社会に貼り付けられた「私たち」に向き合う必要が出てくると思います。
——「私のリアリティ」からは少し遠いところにあるものですよね。
橋本 そういう共同体の情報・記憶・体験を今後は扱っていきたいなと考えています。それはもう、ドキュメンタリーじゃなくて、共同体という虚像、つまりはモニュメントなんじゃないかと思って、「モニュメンタリー」って名付けてみたんですけど。
—— おお、得意の名づけが来ましたね!
橋本 写真家の中平卓馬の「ドキュメントからモニュメントへ」っていう言葉から着想を得たんですけど。集団の記憶と向き合うところから「私」を描きたい。だからこその「my favorite」なんです。
—— あ、なるほど。それで改題したんですね。ところで、《ドキュメンタリーシリーズ》で面白かったのは、いわゆる「物語」という体裁に拠らない形で「記憶」を扱おうとしていたところです。つまり「物語」っていう強固な枠組みに「記憶」を当てはめていくのではなかった。
橋本 そうですね。エピソードを語るだけの作品にはしたくなかった。
—— しかしまた今度は『ハムレット』という「物語」に戻ることになります。しかもずいぶん昔に書かれた超有名な物語ですよね。
橋本 今までは事実を出発点としてそれをいかに虚構にしていくかという作業でしたけど、今回はすでにフィクションとしての物語が存在しているので、出発点が違いますね。『ハムレット』は登場人物も多いし、狂ったり正気になったり、人間のいろんな面が出るから、そこからいろんな「私」の存在を描いていきたいと思っています。もしかしたらこれまでの《ドキュメンタリーシリーズ》とはまた違うところへ行けるんじゃないかな。

■ブルーノプロデュースの仲間たち

——『My Favorite Phantom』には、オーディションで採った新メンバーもいますけど、一方で、これまで常連として出演してきた頼もしい俳優たちも出ますね。
橋本 去年1年の《ドキュメンタリーシリーズ》では、できるだけ常連俳優をつくりたいっていう気持ちがすごく強かったんです。長く付き合ってみないとわからないことってたぶんあるから。その意味では、今回の作品は《ドキュメンタリーシリーズ》の集大成っていう側面もありますね。
—— 音楽は涌井智仁さんがまた担当されるんですか?
橋本 はい。《ドキュメンタリーシリーズ》は彼がいなかったら成り立たなかったですね。今回はブルーノプロデュースでは初めてスコアを書いてるとか言ってました。とりあえず楽しそうでした(笑)。
—— 自分たちで音楽をつくれるのって大きいですよねえ。
橋本 涌井君がブルーノに関わるようになったのは、写真展公演の『暗室』(11年3月)からなんですけど、あの頃は『ひとがた流し』も含めて、まだ音楽は物語を装飾するものというか、BGMとしての機能として考えていた。でも《ドキュメンタリーシリーズ》が始まってからは、BGMじゃなくて、現象として、構成要素として音楽を捉える試みをしてきたんです。ただ今回はまた物語を上演する形に戻るので、別のものができそうですね。
—— 『サモン』の時なんて、涌井さんの音楽は、もはや登場人物のひとりか、っていうくらいの存在感がありましたもんね。
スズキヨウヘイ(制作) いつまで一緒にやるかわからないですけど(笑)。
橋本 そうですねー。まあしばらくは。今んとこ仲がいいので。いつ飽きられるのかなーとは思いますけど。ある日突然「ごめんやっぱり、ブルーノの芝居ってやっぱつまんないわ」って言い出しかねない(笑)。
—— 言いそう……(笑)。ただしそれも彼なりの誠実さとして。
橋本 ええ。下手なものをつくると離れていっちゃうというのは、いい関係だと思います。それは涌井君にかぎったことだけじゃなく、そういう緊張感はありますね。常連俳優をつくって初めて感じる怖さというか。いつか繋がりがなくなるということも考え始めました。
—— 『ラクト』の時に、俳優3人(金谷奈緒×吉川綾美×李そじん)で鼎談してましたよね(http://webneo.org/archives/3045)。あれは衝撃的でした。演出家に使われるのではなくて、完全に対等という関係性が見えて。
橋本 わりと……うん。対等だからこそ、演出家がもっと俳優側に来いよとかって彼女らは言ってますもんね。稽古終わりでいちばん疲れてる時に収録したので率直な言葉が出たんでしょうけど、結構、読むとへこみます(笑)。

■「3年間」の中で焦らず考える

—— ちなみに、坂あがりスカラシップの対象公演はもう決まってるんですか?
加藤 わりとそこもゆったりペースで。3年あるし。
橋本 最初はやっぱりそこを求められるのかなと思ってガチガチに用意してたんですけど……。
天野 いいよ、まだ決めなくてって(笑)。 
橋本 あ、いいんだ、ってなって(笑)。だから今は対象公演のことをぼんやり考えつつも、目の前にある吉祥寺シアターの公演に向けて準備をしてて、それから今後どうなっていくかを考えたほうが健全な気がしています。
佐藤泰 だってどう考えても、4月の吉祥寺公演が終わった後には視野も変わっていくと思うし。普通なら劇場を押さえるために企画書も早めに書かなきゃいけないけど、そうじゃない場にせっかくいるんだから、ならば、そうじゃないやり方でやってみたら?、ということですね。
加藤 「やりたい!」って思った時にすぐに使える自由度は、他よりもずっと高いので。だったら慌ててゴール決めちゃうよりも、目の前に起きていることをひとつずつ重ねていって、その先にあることを見ていったほうが、「3年間」って決めた意味がこちらとしてもあるから。だから対象公演ありきでは決してないんです。「3年間」という時間の中で、必然性のある時にやったほうがいいと。
—— それを待てるというのは、ちょっと驚異的ですね。
加藤 ここまで5年間かけて、試行錯誤の末にここにたどりついているので。
—— これまでも座談会などを通して坂あがりスカラシップのお話を聴かせてもらってきましたけど、今日のお話を伺っていると、スタッフのみなさんの時間感覚もよりラディカルに(?)変化してきたのかなという印象を受けます。単に緩いのではなくて、様々なことを見据えながら「待つ」ということは、蓄積された経験やノウハウがないとできないと思うので。舞台芸術の多くが、どうしても単年ごとに動かざるをえない中で、そうではない環境があるということは、この場所だけにかぎらず、芸術を創造する環境としても大きなことですよね。東京とは少し異なる、横浜ならではの独特の時間感覚を感じます。
佐藤亮太(STスポット) 私は今年からこの事務局に入ったんですけど、こんなにもゆっくりでいいのか、なにか決めなくちゃならないんじゃないかって最初は気にしていました。でも徐々にこれでいいと実感してきたというか。単発のコンペのようなショーケースに限界を感じていたので、こうして異なるアプローチで関われるというのは刺激があります。 —— 批評家やジャーナリストたちのあいだでも、「ひとつひとつの作品の善し悪しだけを見ているのではダメなんじゃないか」という意見を最近はよく耳にするようになりました。作品単位で切断することのできない時間というのもあるように感じます。
橋本 本当に「3年間」という時間は大きいです。今になってやっと《ドキュメンタリーシリーズ》についても振り返って考えられるようになったし。数年前の作品も、自分の中ではまだ終わってないですからね。それらのことも考えながら、『My Favorite Phantom』をつくることになりそうです。

IMG_1049

公演情報

ブルーノプロデュース『My Favorite Phantom』
構成・演出:橋本清 / 音楽:涌井智仁
原作:ウィリアム・シェイクスピア『ハムレット』
日程:2013年4月26日(金)~29日(月)
会場:吉祥寺シアター
公演詳細、公演に関するお問い合わせはブルーノプロデュース(http://brunoproduce.net/)まで。