綾門優季連載スタート!「余計なお世話です」

綾門優季さんによる連載「余計なお世話です」を始めます。アーティストへの支援のあり方は様々です。今、綾門さんと急な坂スタジオが一緒に出来ることは、今回の連載です。
たくさんの方のご協力をいただいて、この連載は成立しています。そして、それは個人のための協力・支援ではなく、批評やアーカイブといった重要性を改めて考えるための、舞台芸術業界全体にとっての支援につながると信じています。

余計なお世話かもしれませんが、ぜひ、ご一読ください。

「余計なお世話です」第一回

『塞がれていた目が開く』

◎星を指し示すばかりでは

「余計なお世話です」という連載のタイトルは、「余計なお世話です」とひとに言われることを恐れずに書こう、という意思を未来の私が確認出来るように、そう決めた。

連載の初回なので、この連載がどのような趣旨のものか、簡単に説明しておこう。元々は急な坂スタジオのサポートアーティスト募集の最終面接で、私の言ったことがそもそもの始まりだけれども、その際のとりとめのない喋りをそのまま書くと読みづらいうえに短すぎるので、ある程度整理してからここに記す。

私が大学生の時に、舞台批評のまねごとを始めた頃から、演劇の雑誌は続々と休刊に向かい始めていた。「昔は良かった」という話をいろんな先輩から聞いた。その「昔」を私は知らなかった。雑誌に寄稿したことも単行本に寄稿したこともあるが、それらはいずれも演劇を専門とするものではなかった。対談とインタビューだけ、演劇の専門誌には載せてもらった(ただしそれは劇作家として恐らく呼ばれている)。はじめて原稿でお金を貰ったのもWEB、いま主に原稿を書いているのもWEB、そしてこの連載もWEBだ。だから私はWEBが主戦場になってからの苦難しか語ることは出来ないが、その苦難はこれからも続いていくだろう。それは端的に言うと「短い言葉しか求められないこと」の苦難だ。それをアーティスト側にあてはめれば、「瞬間的に最大級の光を発することばかり求められること」の苦難だ。打ち上げ花火もいいが、打ち上げ花火大会の最中に、片隅でひっそり、なるべく終わらないように線香花火を持っているような、そういう連載にしたい。か細くても、光り続けている。

補足すれば、短い言葉が悪いわけではない。むしろ大量に紡ぐほうだ。「Twitterでお見かけしてます」という挨拶を初対面でよくされる(Twitter以外で「お見かけ」してもらえるように引き続き頑張っていきたい)。ただ今年いただいた舞台批評関係の仕事の文字数はすべて「100字〜2000字」の範囲内に留まる(唯一、字数無制限だった名古屋学生演劇祭の講評文だけ約7500字書いたが、15団体について扱ったものなので、これを長いと捉えるか短いと捉えるかは価値観による)。仕事量は緩やかに増えているが、文字数はなかなか増えていかない。雑誌がないから、そもそも長文のオファーというもの自体が、絶滅危惧種であるからだ。毎年のように数万字の戯曲を執筆している身からすると、驚くべき短さである。私の把握している限りでは(数百人の若手が凌ぎを削っているような界隈では全く無いので私の把握している限り≒現状な気がして怖いけれども)、他の若手も似たり寄ったりの状況である。もちろん、ほとんどの原稿ではひとつの劇団、あるいはひとつの作品について書くことになる。それも必然性のあることだ。チラシに一万字超の舞台批評が載っていても困る(字が小さくて読めない)。WEBでView数を期待されるなら、一万字のものを一本書くより、千字のものを十本書くほうが効率的だ。だからこの連載は、View数を稼ぐために書かれるわけではない。気にしないといえば嘘になるが、少なくとも最優先事項ではない。

星を指し示すばかりでは、星座は見えてこない。デネブだけ知っているのは損だ。夏の大三角が綺麗な日もある。夏の大三角を知っていれば、はくちょう座とわし座とこと座の話が出来る。七夕の伝説の話にも繋げられる。冬の大三角もある。もうすぐ冬ですね。そういう話をしていこう。輝いている星を指し示すのもいいが、たまには夜空を見渡したい。ここには発見されていない星座がきっと無数に眠っている。

◎ふるさとを背負った仕事


さんぴん『NEW HERO〜飛んで那覇まで、香りに連れられて〜』終演後の様子(撮影:綾門優季)

今日ふるさとを出て生活している人びとで、そのふるさとを背負っているという感じの人は大変少なくなった。
(宮本常一「ふるさとを背負った仕事」より)

沖縄県立博物館・美術館に立ち寄ったのは、さんぴん『NEW HERO〜飛んで那覇まで、香りに連れられて〜』(※1)のシーンのひとつ「ナショナルジオグラフィック」で、さんぴんのメンバーが体を張って(半ば無理矢理)沖縄県立博物館の展示を再現していたからだが、ついでに寄った沖縄県立美術館で開催されているコレクション展「儀間比呂志の世界」でふと、宮本常一の文章が目に止まった。これは「那覇十・十空襲」「石垣の女」「糸満の海人たち」など、タイトルからも察せられる通り、沖縄の歴史や風景に重きを置いた儀間比呂志の仕事を紹介する文章の一節だ。ふるさとを背負う仕事というのは通常、みずからのふるさとを背負う場合のことを言うだろうが、さんぴんの特殊性は、みずからのものではない、ひとのふるさとを必ず背負って作品を作るという、その姿勢にある。さんぴんは劇作家・演出家不在の、俳優4名で成り立っている劇団で(ロロの三浦直之が演出監修に旗揚げ当初は入っていたが今は外れている)、フィールド・ワークをし、突撃インタビューを重ねたその本人たちが、そのまま舞台で演じる。来たばかりの土地、出会ったばかりのひとのオーラを、自由闊達に身に纏う。私はさんぴんの作品を池袋で、仙台で、那覇で、北千住で観るたびに、会ったこともないひとびとの、暮らしている土地を、故郷の記憶を、かつて旅した場所を「幻視」した。目の前にいるひとびとが板橋駿谷、北尾亘、永島敬三、福原冠であることを一瞬だけ忘れた。そこは劇場ではない場所になって、客席ではないどこかにいた。それは私にとっても旅だった。行ったことのない場所への旅。知らない人の経験が私の中に入り込んでくる。知らない景色が目の前に広がり始める。現実から離陸する貴重な時間が訪れる。

◎私は街に出る時、常に誰かの景色

池袋駅に降りるといつも、東京芸術劇場に直通の地下の通路へ、どう行けばいいかわからなくなり(わかるときもある)、諦めて西口のエスカレーターを上ってしまう。エスカレーターに乗る手前の広場で、F/Tモブに参加していた記憶がブワッと蘇ることもあるが、もうみんな忘れてしまっただろうか。エスカレーターを上るとたまに、ストリートミュージシャンが演奏をしている。どこかの党の街頭演説が、聞きたくなくても耳に入って来る。どうしても心が死んでいる時は、イヤホンを耳につけて、すべての情報をシャットダウンして、真顔で劇場へ向かう。横断歩道の向こうにはマックとサブウェイ、全然入ったことがない。松屋と吉野家とちょっと向こうにあるサイゼリヤは、確か今年のどこかで入ったはずだ。PRONTOの記憶はおぼろげだから、去年のどこかで誰かに連れられて入ったのだろうか、一人では入らない店だから。みたいなことが、横断歩道を渡っている最中に脳裏によぎるときは、もれなくお腹が空いている時だ。セブンイレブンでおにぎりを買う。時間と気分に余裕があれば、東京芸術劇場の中にあるおにぎり屋の、ちゃんとしたおにぎりを買う。梅か明太子を買う。公園でホームレスの人が歌を歌っている。いつ聞いても何の歌を歌っているのかわからない。あのホームレスの人はいつみても酒を飲んでいて、楽しそうにしている。『三文オペラ』(※2)の上演中にあのホームレスがどこにいるのか気になっているのは、私だけじゃないはずだと、『三文オペラ』の準備をしている風景を見ながら思うが、この疑問に答えは与えられないのだろうと、脳内をリセットして、公園を突っ切って、劇場の入口へ小走りで向かう。


池袋駅から東京芸術劇場へ向かう途中(撮影:綾門優季)

〈芸劇オータムコレクション〉バック・トゥ・バック・シアター『スモール・メタル・オブジェクツ』(※3)を観ている時、私の目に飛び込んできたのは、真顔でせわしなく動く人々と、その暗黙の了解によって統制された動きから時折はみ出す人々の美しさだった。池袋西口公園の、通常であれば舞台として使われる場所に客席が設置されていて、観客は常に、横断歩道を迅速に歩く人々の姿が、否応なく視界に入ることになる。池袋西口公園を通過する、横断歩道よりもまばらに点在する人々の顔。細かい表情の変化まで飛び込んでくるようだ。様々な人々が通過する中で上演は始まる。知らされていなければそれが上演とは気づかないほどに、作品は風景に溶け込んでいる。演者が誰なのか見失ってしまうほどに。音声はヘッドホンによって、日本語訳と共に伝えられるため、池袋の喧騒はこもったかすかな音として届くだけで、景色だけが鮮明に映る。公園を突っ切る人がいる。服装さえ近ければ、それが私であるかのように「幻視」したかもしれないが、ピーター・パンのような格好をしているので、そんな混乱は起こらない。ピーター・パンが何故か戻ってきて、こちらを見てくる(彼のことはピーター・パンとこれから呼ぼう)。ピーター・パンは立ち止まって、眺める、から、凝視する、にモードを切り替える。私も意識的に目を合わせながら考える。ピーター・パンは別の舞台に出る出演者か何かだろうか。化粧といい衣装といい、他の人々からは浮いている姿だ。どうしてこんなにこちらをじっくりと観てくる? もう5分は経った。目の前を通過する人々が、こちらのほうも、ピーター・パンのほうも、訝しげにチラ見しながら通り過ぎていく。演者の方は風景の中に溶け込んでいるため、意外と注目が集まっていない。舞台上にいる観客が、この風景のいちばんの異物だ。それとピーター・パン。いつも通り過ぎていたはずの池袋が、見たことのない、二度と再現の出来ない、完璧に構築された舞台美術としていつのまにか出現する。そしてそれは錯覚ではなく、昔も今もそうだった。これからもそうだ。毎日がそうであるはずだった。ヘッドホンで耳を塞ぐことによって、私の塞がれていた目が開くとは、何と皮肉なことだろうか。

私たちは記憶を背負って生きている。私がピーター・パンを覚えているように、ピーター・パンの記憶の片隅に、今でもあの日の光景が留まっていればいい。それは必ずしも、演劇の中の体験だから、ではない。私の人生の断片は、誰かの脳内の舞台で演じられているのだ。特別な景色として刻まれているのだ。

さんぴん『NEW HERO〜味と匂いの北千住〜』のラストシーンのセリフはこうだ。

「プレシャスでデリシャスな日々をお過ごしください」

私たちはそのように過ごす。
これまでもそうしてきたように。


さんぴん『NEW HERO~味と匂いの北千住~』より。(c)bozzo

★脚注
※1 さんぴん『NEW HERO 〜突撃!隣のプレシャスご飯、デリシャス!!〜』
【北海道公演】
『NEW HERO〜札幌、旅の始まり コクの深まり〜』
公演日程:2018年10月6日(土)〜8日(祝・月)
会場:よりⓘどこ オノベカ
【沖縄公演】
『NEW HERO〜飛んで那覇まで、香りに連れられて〜』
公演日程:2018年10月20日(土)〜22日(月)
会場:アトリエ銘苅ベース
【東京公演】
『NEW HERO〜味と匂いの北千住〜』
公演日程:2018年11月1日(木)〜7日(水)
会場:北千住BUoY
▶さんぴんHP内『NEW HERO 〜突撃!隣のプレシャスご飯、デリシャス!!〜』

※2 東京芸術祭2018直轄プログラム『野外劇 三文オペラ』
公演日程:2018年10月18日(木)〜28日(日)
会場:池袋西口公園
▶東京芸術祭2018HP内『野外劇 三文オペラ』

※3 東京芸術祭2018芸劇オータムセレクション
バック・トゥ・バック・シアター『スモール・メタル・オブジェクツ』
公演日程:2018年10月20日 (土) ~29日(月)
会場:池袋西口公園
▶東京芸術劇場HP内『スモール・メタル・オブジェクツ』

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綾門優季さんのプロフィールなどは以下のページをご覧ください。
▶新規サポートアーティスト・急な坂の新しい取り組みについて

★次回の更新は2018年12月末を予定しております。

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