月別アーカイブ: 2022年7月

Aokidのコラム「Drawing & Walking」第2回

急な坂スタジオで新しい連載をはじめます。
ダンスだけではなく、絵や美術など様々なアプローチで踊り続けてきたAokidさんは、どんな言葉を紡いでくださるのでしょうか。
このコラムでは、ふと思い浮かんだことや、稽古場や様々な場所ですれ違った人・ことについて綴っていただきます。
Aokidさんの独特なリズムで綴られる文章をぜひお楽しみください!

▶︎前回のコラムはこちらから!

Aokidのコラム「Drawing & Walking」 第2回

急な坂からDaBY、あるいはその先の赤レンガ倉庫の途中まで

前回のコラムで書いたように急な坂スタジオから桜木町を通り抜け、さらに馬車道の方へ進んでいくと綺麗な建物群が見え、1FにBankART KAIKOと花屋さんが入っていて、3FにDance Base Yokohama(以降DaBY)がある。
その日、僕はダンサーの小暮香帆さんと稽古をするためにそこへ訪れた。小暮さんはDaBYのレジデンスアーティストで、年間を通して、スタジオで稽古をしたり、登録ダンサー(これから活動を本格的に始める若手アーティスト)たち向けの育成プログラムを実施するなど、さまざまな活動をここで行っている。DaBYは急な坂スタジオとはまた違ったレジデンスシステムがあり、所属するダンサー・振付家たちがいて、さまざまな活動や交流の拠点となっている。(ここはダンスハウスなのでダンスに特化した施設)

この日の稽古は特にどこかに向かってというわけではないのだけど、こういった稽古は昨年くらいから色々な人と続けている。
小暮さんとは4月の新作ダンス公演を共同で創作していたので、そのクリエーションも含めて稽古の機会が多めだったが、作品発表という目的地を決めていない稽古や練習会は、他のダンサーとも企画していて、これまでにもSTスポットや横浜赤レンガ倉庫を借りて行ってきた。実は作品のクリエーションという目的以外でダンサー同士が集まる機会は、ワークショップなどに行かない限り、意外に少ないのではないか。
最近はこういった活動もサボり気味だったので、また再開したいと思う。


ビールを飲みながら見た景色

稽古が終わって、散歩しながらビールでも飲もうということになり。
赤レンガ倉庫に向かう途中の橋にさしかかると、そこから駅の方に向かって見える夕日が、桜木町やみなとみらいの街並みを美しく照らしていた。その光景に吸い寄せられたように人々が思い思いに立ち止まって、時には車も一旦そこに停めて景色に見惚れたり写真を撮っていく。(光に集まる虫)
橋の幅広の手すりの上、ワイルドにも乗っかって、ビールを飲みながら夕日と人々の様子を眺める。そこに偶然現れた景色に目を奪われ、自然とその場にいてしまう人々の振る舞いの美しさに感動してしまった。こういった光景にずっと立ち会いたかったような、旅先で出会うような景色がそこにあった。習性みたいなものが自然とそこに立ち現れているようだった。

2020年、1回目の緊急事態宣言があったとき、景色の思い出として残っていることがあって。

それは家からの最寄駅を降りて、
確かそこでも夕方から夜にかけての直前くらいの、
赤い空からほぼ紺色みたいな色へ移っている時刻の、
バス停越しに見える向こうの開けた空に消えかかったような、
スープに浮かぶ卵の黄身の模様のような形がとても綺麗で、
これをもっと近くで見るために国道16号をまっすぐ行ったところの、
陸橋の上まで駆けていこうと走り出した。

結局、陸橋にたどり着いたときにはもうその形はどこかに消えてしまって見えなくなっていた。景色をもっと美しい状態で見たいと走り出したことなんて、いつぶりだっただろうか。


いつかの景色

劇場や美術館、ギャラリーなどで作品をたくさん観る習慣が、この6、7月は復活した。考えてみればこの1年は随分、作品を観ることが減っていたようだった。それを取り戻すような意識も手伝ってよく観ている。
しかしよく観るほどにわからなくなることもある。なぜこの人たちは舞台に立つのか、とか。なぜ、舞台を観る客席ではみんなが同じような態度を求められ貫くのか。それにふさわしい時間が必ずしも流れるわけではないし、僕がジャッジするような立場ではないのかもしれない。けど劇場を出たあとで改めてこの身体で、動き移り変わっていく景色によって何かを取り戻したくなって、いつもと違う場所を1人で歩きたくなったりした。

舞台では人が動くことによって、情景だったり、もっと物理的な変形を、鑑賞という形で体験していくけれども、自然の中や街の中を歩くことでも、代わる代わるの景色が自分を照らしたり、撫でたり、ときに強くぶってくるような感じがある。そうすると街や自然こそ大事なのかもしれないとか、そこでどう振る舞うかとかが、この体験や時間を強めていくのかもしれないと、改めて考えてしまう。
だけど一方で、じゃあ劇場とかについて考えると”人が集まって何かしている”ということだと思う。集まって、ここで交わされることと、外に出ること、それらがAとBだけでなく、もっと複数のグラデーションとして手にとっていくことができないかな。そのこと自体がまた余計な人間っぽい欲望だとしても、考える価値はあるだろうか、始める価値はあるだろうか、あるいはすでに始めている人もきっといて、それを見つけて評価していくのだろうか。

▶︎第3回はこちら

Aokidプロフィール


撮影:石原新一郎

東京生まれ。ブレイクダンスをルーツに持ち東京造形大学映画専攻入学後、舞台芸術やヴィジュアルアートそれぞれの領域での活動を展開。ダンス、ドローイング、映像、パフォーマンス、イベントといった様々な方法を用いて都市におけるプラットフォーム構築やアクションとしての作品やアクティビズムを実践する。近年の作品に『地球自由!』(2019/STスポット)、『どうぶつえんシリーズ』(2016~/代々木公園など)、『ストリートリバー&ビール』(2019~/渋谷)など。たくみちゃん、篠田千明、Chim↑Pom、額田大志、小暮香帆といった様々な作家との共作やWWFES(2017~)のメンバーとしての活動も。